しばらく、書くことから離れていました。
学生時代はWordPressをカスタマイズしてブログを運営し、日々、言葉を発信することに夢中になっていた自分が、いつの間にか「文章を書く」という行為から遠ざかっていたのです。
理由はさまざまあります。
一番大きかったのは、やはり映像という表現手段の可能性に魅了されていたから。
動画は映像と音、言葉と感情が重なり合い、見る人の心に一気に入り込む力があります。特に私のような「つくること」を軸にしていた人間にとって、映像は“伝える”を最大化する手段のひとつでした。
また、単純に「忙しさ」もありました。これは完全に言い訳ではあるのですが、「書こう」と思っても撮影や編集の案件が続き、なかなか筆をとる余裕がなかったというのが正直なところです。
さらに、「何を書けばいいのか分からない」「ネタが続かない」といった気持ちも、筆が止まる原因の一つでした。
でも、最近ふと「もう一度書いてみようかな」と思うようになりました。
何か大きなきっかけがあったわけではありません。ただ、映像の世界に深く関われば関わるほど、その隣にある“言葉の力”を再認識するようになったのです。
映像と文章は、似て非なる表現方法です。
映像の多くは、口語で構成されています。話し言葉を通じて、情報や感情を直感的に伝えることができます。親しみやすく、テンポもよく、人の心にするりと入ってくる──そんな力があります。
一方、文章は基本的に文語です。書き言葉で表現される世界は、話し言葉とはまた違った奥行きがあります。
文章を整え、推敲し、構成しながら言葉を選んでいくうちに、自分でも気づかなかった思考や感情が言葉になって立ち上がってくる感覚。
この「思考の発酵」を促す力こそ、文章ならではの美しさだと感じるようになりました。
もちろん、口語にも独自の魅力があります。方言やイントネーション、間の取り方──それらは、話し言葉にしか宿らないニュアンスです。
文語では決して伝えきれない“空気”が、口語にはある。
だからこそ私は、文章と映像は敵対するものではなく、むしろ互いを補い合う存在だと考えています。
そのどちらにも、それぞれの表現の“余白”と“力”があるのです。
今、あえて「書く」ことを選び直した理由の一つに、“表現の幅をもう一度広げたい”という思いがあります。
映像制作をしていると、どうしてもカットのつなぎ方や音楽のタイミング、照明の具合など、ビジュアルとリズムの中でメッセージを構成していくことが中心になります。
それはもちろん楽しいし、今でも大好きな作業です。
ただ、そこにはどうしても“映像としての制約”があることも事実です。
ふと思ったんです。
映像が映画づくりだとしたら、ブログは本づくりに似ているなと。
光と音で語る世界とは別に、文字と間で語る世界も、やっぱり面白い。
また、昨今の発信環境を見ていても、やはりテキストベースの情報発信は今後も必要だと感じています。
SNSのような一過性のコンテンツも良いけれど、ブログや記事という形式には「あとからじっくり読まれる強さ」や「思考の蓄積としての価値」がある。
自分の考えを体系的にまとめたり、仕事や活動を整理するうえでも、文章という形で残しておく意義は大きいと感じるようになりました。
そして何より、もう一度“初心に帰る”という意味でも、ブログを書いてみようと思いました。
中学生の頃、メモ帳でHTMLを打ちながら、意味も分からないタグとにらめっこしていた自分。
大学時代、アフィリエイトやWordPressテーマをいじり倒して、試行錯誤していたあの頃。
あのときの「おもしろい!」「やってみたい!」という感覚を、もう一度大切にしたくなったんです。
このブログは、そんな思いから始めました。
文章での発信は、ある意味で“自分を知ってもらうための入り口”でもあります。
映像で伝えられなかったこと。言葉にして初めて形になる思考。
そのすべてを、ゆっくりと綴っていきたいと思います。
「The blog」、ゆるやかに始動します。
文章を通してまた新たな対話が生まれることを願って。



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